2012年03月26日

願いが叶うのが信じられない

108さん、はじめまして。
早速質問させていただきます。

ぼくは自分が願いを叶えていくというのが今ひとつ信じられません。自信がないのです。
自分の力を神さまやグッズなどに明け渡してしまっている感じがします。
完全な他力本願ならまだいいのでしょうが、そこまでにも至らずといった中途半端な感じです。


他にもそういう人は多いと思いますが、叶うまでの時間が待てません。
待てないのでいろいろな方法論に気持ちが行ってしまったり、ガッカリしたり。
自分はお金に対する不足感があり、気持ちに余裕がありません。何か行動しないといけないのかとあせってしまったり。
今すぐにでも叶って欲しいですが、気持ちがあちこちに向いてしまうということで受け取ることへの抵抗をしているのでしょうか?
受け取ることへの抵抗ってなんなんでしょう?

108さんの皆さんへの回答やチケットを読んでいると言葉にできないけど、わかっているんです。
でも、自分のことではもどかしくて焦ってしまって、イラっとすることもあります。
何かが痞えているんですけど、どうすれば取れるのかわからないんです。
アドバイスよろしくお願いします。Unknown (108)
2009-03-20 18:07:15
>>101

> 受け取ることへの抵抗ってなんなんでしょう?

上でも書きましたが、

「自分はそれを受け取るに値しない」

という思い込み、信念です。
それで、その信念を「現象化に依存させる」ことによって益々強固に補強している。
目的が現象化であるとしても、そこに固執する限りその信念を手放すことは難しい。
では、一体どうすればいいのでしょうか?

あなたは自分がそれを受け取るに値しないと信じ込んでいる。
この信念は変更することが難しい。
ならば、その「あなた」という主体を、受け取るに値するものに変更してやればよい。

何が良いでしょう?あなたにとってシックリと来るものとは?

例えば「神」なんてどうでしょう?

あなたが神の表現であることは疑いようのない事実です。
それならその「神」自身が、あらゆる充足を豊富に受け取るに値しないわけがない。
そこに「ちっぽけな自分」という設定をわざわざ加えることによって、
無意味な障壁をこしらえて、敢えて受け取れないように画策する必要はない。

ここには大胆さが必要。
あなたが存在しているのなら、それはあなたが神であることの証明。
他の理由は何も必要でない。

「この私が受け取れないことなどあり得ない」

「大それたことだ!」などと思わずに、それを力強く断定することです。
常に大胆であってください。受け取ることに臆病にならないで。
それはあなたの正当な権利なのだから、そんな遠慮は無意味だし不必要です。
posted by マダオ at 11:18 | 願望 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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